メンバーシップ型で働いていたものは専門性がない?
一般にメンバーシップ型雇用慣行の企業で働いているものは、「専門性に劣る」というくくりになっています。これは複数部門における異動を定期的に行うことなどによるためと思われます。確かにその結果、世にいう「働かない○○」のような存在もいるでしょう。しかしメンバーシップ型の中で働いていた社員といっても、同系統の職務経験を蓄積している者も存在します(このような社員の占める比率は会社によって異なるでしょう)。その中にはかなりの専門性を持った者もいると思われます。というか私の経験でもそのような専門性のある社員を見てきたので、間違いなくメンバーシップ型雇用の中で働いてきた者の中にも専門性の高い人は存在します。
ところがこの専門性の高さを本人自身が自覚していないケースや、社内でもそれと認識されていないケースがあるようです。これはメンバーシップ型雇用慣行の企業が、自社企業の外と隔絶して運営されていることが多いためです。中に閉じて企業が運営されているので、外の世界を排除するとか、すごいのは転職する奴は裏切り者みたいな感覚で企業内に閉じた人間関係中心になっている状態です。
最近はさすがにここまでひどいことはないかもしれませんが、ジョブ型雇用慣行の企業にいる人と比べると外の世界との関係が非常に薄くなっていると思われます。このため自分のある領域でのスキルが外の世界との関係の中でどの程度なのかを考える基準をもっていない、あるいは外の人から評価される(会社における人事評価のようなオフィシャルなものではないですが)機会をもったことがない。その結果、その会社でしか通用しないと思われがち(かつ思いがち)です。このようなことから脱却するには、外との関係(同系統の仕事の関係者の集まりとか、仕事を意識した社会人の学びの場)に参加し、外とのかかわりをもつことが強みになっていくと思われます。
余談ですが、今、兼業や副業が推奨されています。しかし推奨される以前から、外の世界との関係を築いている人で、一定の専門性のある人は(会社に内緒で)副業的に仕事を外でしているケースは散見されていました。推奨されるから始めるということとは別に、外の世界との関係があれば、なんとなくそういう機会が生ずることは多いと思います。
最近、副業や越境学習が推奨されています。これらも外との関係を広め、自分のスキルやマインドに関する外での位置などを理解するのに役立つでしょう。同時にスキルアップを考える機会や自己のマインドセットの変革にもつながるかもしれません。
その「ジョブ型雇用」は本当か
ジョブ型雇用がもてはやされています。語られる「ジョブ型雇用」は様々で、名称は同じだが、これは同じものなのか? と考えるような議論まで存在します。そこで本テーマの最終回として、本当のジョブ型か、それとも名称はジョブ型だが、別の雇用慣行を目指しているかをチェックする項目を二つ示したいと思います。
チェック項目1:人事権は会社人事部に集中しているか、部門に権限移譲されているか?
ジョブ型雇用における人事権は、各部門に権限移譲されています。専門性を重視するので、人事部が一般的なコミュニケーション能力や「やる気がありそうだ」的な基準で採用しても役に立たないからです。特定の専門性を持つ人かどうかは、その専門性のある人にしかわからないでしょう。問題は人事権が移譲されている状態と判断する指標です。まず一つは、部門に、人件費予算と人員数枠が与えられているかということが判断基準になると思われます。部門長は、その人件費と人員数枠の範囲で、採用や給与の配分を決定できます。
もう一つは、部門をまたがる人事異動が、社内公募以外に制度的に存在しないかどうかです。社内公募が存在しない状態であれば、複数部門間の異動を会社主導で行うつもりということが考えれます。この状態は会社人事部に人事権が集中している指標となるものです。会社(形式的には人事部)主導で複数部門(専門性が全く異なる)間での横断的な人事異動を行う。そのためジョブディスクリプションを作成しても、その後、異動してしまうので、雇用保障されやすいが、自分が何の仕事をしているか自分では決められない状態が出現します。これこそメンバーシップ型雇用といえるでしょう。
チェック項目2:意思決定は部門に権限移譲されているか、センターに集中しているか
仕事を進める過程で、当初の前提が変わり、様々な局面で意思決定が必要になることがあります。この場合、メンバーシップ型雇用では、各部門や部門間の話合いで意思決定し、センターへは実質的に事後報告さえすれば、大方の問題は解決してしまう構造になっています。不祥事が起きた時に経営陣が知らなかったと発言し、(うそをついて)下に責任を押し付けていると炎上することがあります。しかし日本におけるメンバーシップ型雇用慣行の企業では、これは嘘ではなく本当に知らなかったのだと思われます。「結果を出せ」「プロセスはよきに計らえ」のような成果主義は、メンバーシップ型の雇用慣行でこそ成り立ちます。
ジョブ型雇用慣行の企業では、意思決定の権限と実際の決定はセンター組織あるいは限移譲された特定組織に集中しています。この観点を組織図としてあらわしたものが、鶴幸光太郎氏『「ジョブ型」の誤解をただす』における組織図です。これを図表1に示します。
図表1 ジョブ型とメンバーシップ型の組織図
※鶴光太郎『「ジョブ型」の誤解を正す』(日本経済新聞2021年5月7日経済教室)の図表より抜粋。
図表1左側がジョブ型雇用、右側がメンバーシップ型雇用における組織図です。ジョブ型雇用では、現業部門1と現業部門2の間での「情報共有はなし」とされています。経営部門(センター組織)が意思決定し、それを命令する。各部門はその命令に従って、専門性を生かして業務に専念します。これに対してメンバーシップ型(図表1右側)では、現業部門1と現業部門2の間で情報共有が行われ、それによって協同する形で仕事を進めます。現場における自律的な改善、業務プロセスの変更などが現場部門間の協議で行われ、その結果、個々の職務が変更されたりします。ここではジョブディスクリプションは意味を持ちません。
あなたの企業で、ジョブディスクリプションの作成が行われ、これからジョブ型雇用に移行すると経営陣が言い出した時、まずは人事権をどこが持っているか、業務プロセスにおける意思決定がどこで実態として行われているかを確認する必要があるでしょう。それによって本当のジョブ型を目指しているか、それとも今までのメンバーシップ型を微調整しようとしているだけかを判断できると思います。短期的なふるまいは、その判断に基づいて行うほうが賢明でしょう。長期的なふるまいは、それぞれ個人の働き方の希望そのものに依存することは当然です。
(小山浩一)