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資産形成の話⑧老後資金はいつまでに用意しなければならないのか?(1)

株式時価総額の国別状況の話が続いているので、今回は単発で少しテーマを変えます。

資産形成の目標額とその実現時期の話です。

当たり前と思われている話から始めます。「老後資金のための資産形成を行う」ためには、「老後がいつからか」という目安が必要です。一般的にはこの時期の目安が65歳ということになっています。

65歳時点での目標額(必要額)の一般的な計算手順は以下の通りです。

(1)「老後の毎月の想定生活費」と「想定される公的年金」の月の差を不足額として算出する

(2)月の不足額を(65歳から30年程度生きると考えて)不足額の30年分を計算し必要額とする

(3)65歳時点でその必要額を実現する(必要額=目標額)ために資産形成を行う

 

さて、この手順はイメージとして考えるにはいいですが、厳密に考えて目標額設定し、実際に資産形成すると、結構、厄介な問題が生じます。

すなわち「ちゃんと目標額まで資産形成(金融資産)したけど、結局使わないで終わってしまった」という問題です。

最近の世の中で行われている資産形成論議ではこの厄介な問題が語られません。語っても解決できないので、触れないようにしようということかもしれません。

しかしここではあえてこの問題を検討します。

 なおこの問題について年齢の若い人はあまりこだわる必要がありません。例えば25歳の人は65歳まで40年あります。

40年間毎月積立投資し、年利5%程度で運用すると仮定すると月の投資額2万円で40年後には3050万を少し超える額になります。

老後の不足額の累計が3000万程度と考える人にとっては毎月2万円積立投資すれば解決です。

しかし40代半ば以降、例えば45歳から老後の資産形成を考える人は65歳まで20年です。20年間で3000万程度の資産を形成しよとすると、

毎月74千円積立投資に回す必要があります(年利5%想定)。これで20年後に3040万程度になる計算です。

ところがこの45歳当たりの時期は、子供のいる人は子供の教育費があります。住宅を購入している人は住宅ローンもあるでしょう。

ちなみに家計調査で勤労世帯の住宅ローンあり世帯の住宅ローン返済額は全国平均で毎月9万2千円程度(土地家屋借金純減)です。

(都市部の人は住宅ローン返済額はもっと高いでしょう)

また(老後よりも)近い将来のためにリスキリングや学びなおしなど自分への投資や、その他今お金を使いたいという場合もあるはずです。

老後の資産形成のために、毎月7万4千円が積み立て投資にまわされる。これでは今必要なお金を支出できず、行動が制約されることになりかねません。

いくら自分の老後のためとはいえこれは望ましい姿ではないでしょう。

私たちは老後のために生きているわけではありません。

そこであえて問題提起したいと思います。

「本当に65歳時に30年分の不足額全額が用意されていないといけないのか」という問題です。

なお、以下では話を単純化するため65歳以降の資産の取り崩しでは運用収益は想定せず0としておきます。

 

 65歳時に3000万円が必要額であると考える(この必要額は人によって違うので、あくまでここでの設定です)人がいたとしましょう。

この人が想定通り65歳時に3000万円を、数十年にわたる資産形成によって確保しました。こういう人が男性10万人、女性10万人いたとします。 

65歳の男女10万人、それぞれ個々人が65歳で100万円をとりくずします。残りは2900万円。10万人がみんなそれぞれ100万円をとりくずして無事使いました。

さて100万円を取り崩して使いながら生活していると、その中の男性1.041%、女性0.446%が死亡します(令和4年簡易生命表)。

人数でいうと10万人のうち男性1041人、女性446人は65歳時に3000万円確保したのに、100万円しか使わずに死んでしまったということです。

翌年66歳になった男性98959人、女性99554人が2年目の100万円を取り崩します。そのお金を使いながら生活していると、その年、男性1.147%、女性0.48%が死亡します。

人数でいうと男性1135人、女性478人。この人たちは65歳で3000万円を確保していたのに、2年間で200万円だけ使い、残り2800万円は使わずに死んでしまいました。

 毎年、これを繰り返すとどうなるでしょうか? 65歳時10万人として、そこから5年刻みで期始の人数を図表1に示します。

図表1 65歳時10万人の年齢別期始の生存数

 

期始の人数

 資産3000万円を、毎年100万円年始に取り崩した場合の残額

年齢

男性

女性

65

10万人

10万人

2900万円

70

93736

97365

2400万円

75

84063

93139

1900万円

80

7251

86038

1400万円

85

51335

73463

900万円

90

28516

52082

400万円

95

  9774

26471

図表1:令和4年簡易生命表の死亡率をもとに筆者が計算し作成。

 

 令和4年簡易生命表通りで考えると、65歳時に30年分の金融資産を積み上げた人10万人のうち、30年分を使い尽くすのは男性9744人、女性26471人です。

率でいうと男性9.7%、女性26.5%。逆に言うと男性90.3%、女性73.5%は、使いきれずに死亡します。

「長期の資産形成のおかげでお金がたまっても、そのお金を自分で使わずに残す」

残す額の大小はあるものの、大半の人はこういうことになるはずです。

 さてこの問題を100%解決する手立ては、「自分がいつ死ぬか」わかることです。

自分が85歳で死ぬとわかっている人は、65歳から21年分のお金を用意しようということで解決します。しかし自分の死ぬ時期がわかっている人はいません。

つまりこれは「解決できない」ということです。なんだ、だったら考えても仕方ないじゃないかということでしょうか? 

 

問題は解決・解消できませんが、この問題を小さくすることはできます。「資産形成はするが、不必要に大きく積まない」ことです。その目安も想定できます。その目安・方法については明日、続きを公開します。